ババン時評 角さんの人間操縦術

田中角栄ブームは山を越えたかとも見えながら、いまだに“角栄本”の新刊が続く。どうやらブームとは言えない角栄研究の大転換期らしい。政治家としての業績再評価と人間角さんの見直しが2本の柱だが、類書をみると人間的魅力の再評価が中心だ。

たとえば、流布している角さんの言葉にこんなのがある。誰が角さんに聞いて活字にしたのか初出を知らないが、いわく、「世の中は、白と黒ばかりではない。敵と味方ばかりでもない。その真ん中にグレーゾーン(中間地帯)があり、これが一番広い。そこを取り込めなくてどうする。天下というものは、このグレーゾーンを味方につけなければ、決して取れない―」。たしかに、そこに向かって苦労人の角さんの、懐の広い人間力が発揮されたと言えよう。

もうひとつ例を挙げると、よい人間関係を保つには、何をおいても祝儀・不祝儀に駆けつけることが大切だが、角さんは、こう言っていたという。「祝ごとに遅れることはあっても、見舞いや、弔問などの不祝儀には何をおいても真っ先に駆けつけろ―」。角さんは身をもってそれを実践していた。これは、角さんの「日本列島改造論」(1972年)の版元である日刊工業新聞社の元社長に聞いた話である。

ついでに言えば、「日本列島改造論」の縁で娘の田中真紀子さんは、田中政治の表裏と人間角栄の思い出を語る著書「父と私」を日刊工業新聞社から出した(2017年刊)。おもしろいのは、幼いころから「マコちゃん、マキ子、マコスケ、じゃじゃ馬、シャモスケ」などと呼ばれて父に愛され、長じては政治の世界でも家庭でも、いつも一緒だったというスタンスで本書を書き進めた真紀子氏が、本書の終わりのほうで思わぬホンネ?を漏らしている。

すなわち、「幼いころから私は父と一緒にいることは苦手であった。それは、父といると言い様のない息苦しさに襲われて、こちらが疲労困憊してしまうからである。田中角栄という人は神経を弛緩させる術(すべ)を知らずに育ったらしく、何事にも全身全霊で取り組んでくる。常に真正面から息継ぐ間もなく剛速球を投げてくるので、相手をする方はたまったものではない」というのだ。角さんの人間くささと“熱気”が伝わってくるようだ。

こうした角さんの言動を「人間操縦術」などと言っては失礼だろう。角さんの発揮する言動は「体当たりの人間力」とでもいうべきか。いま起きている角栄ブームは、先行き不透明で閉塞感の強まる時代だからこそ、明るく、前向きで、強烈なリーダーシップが求められているということではないか。(2018・12・8 山崎義雄の「ババンG」に関連エッセー数本あり)