ババン時評 歳をとっても女は女?

 

60代の女性が、「夫と性生活がなく切ない」と訴える。読売新聞(6・19)「人生案内」欄の人生相談だ。娘も嫁ぎ孫もいて、夫とは円満。何の不満もない生活だが、「若い日の性生活を思い出して、とても寂しくなることがあります」と言う。

回答者は、「ハートつきのスヌーピーが描かれた便箋につづられたご相談」に「少女らしい初々しさ」まで感じながら、たとえば一緒に歩くとき手をつなぐなどして、「少しずつあなたの気持ちを伝え、夫に気付いていただけたら良いかと思います」と、あまり効き目があるとも思えない(失礼)助言をする。

そこで思い出したのは、だいぶ昔、エッセイにも書いた2人のご婦人の体験談である。探してみたら2008年1月に書いた「新春小話」というエッセイの中で取り上げた小ネタだった。1つは、あるご婦人が医者の診断を受けたときの話である。医者に、「はい胸出して」と言われて胸を出し、聴診器を当てられた。次に「はい舌出して」と言われ、赤面してもじもじしてしまったというのである。

そのご婦人いわく、胸の次に「シタ」出してと言われたので、胸の下は「アソコ」だと思ったというのだ。ちなみにこのご婦人、その時70のご高齢である。実に日本語は面白い。今どきの娘さんなら、たとえ同じ勘違いをしたとしても、もじもじなどしない。ためらうことなくほいほいと脱ぎ始めるか即座に拒否するか、はっきりした対応をみせるのではないだろうか。

 もう一つ。これも本当の話である。妻にちょっとした相談を受けた夫が「俺は関係ない」と答えたら、奥さんが怒って「関係ないということはないでしょう。関係を持ったでしょう」といったという。妻は、夫婦の間で関係ないというのはおかしいと言ったつもりだろうが、言い方がおかしい。夫は一瞬、とまどいの表情を浮かべてから、「うん、関係を持った」と答えたという。夫は、50年以上も前のあの日、あの時のことを懐かしく思い出した。

男女同権などというお題目ではなく、現実に各界各層で男女格差がやり玉に挙げられる今日このごろは、「女はかわいいもの」などという古い価値観を持ち出しても非難されるだろう。しかし、読売人生相談のご婦人などは、女はかわいいもので、歳をとっても女は女だと、すっかり枯れきった後期高齢者までニンマリさせてくれる。(2019・6・19 山崎義雄)