ババン時評 鼻のきかない奴はだめだ

 今次の参院選では、共産党社民党を除く与野党が程度の差こそあれ、日米安保の重要性を認めた。「力によって支えられない理想は幻影にすぎない」と56年前に指摘して日米安保の重要性を論じたのは、国際政治学者の故高坂正尭(1936~96)だ。そこから佐藤栄作内閣のブレーンとして沖縄返還に関わり、後の歴代内閣の政策に関わることになる。

服部龍二著「高坂正尭」(中公新書)に詳しい。同書のエピソードで、池田勇人は「日本に軍事力があったらなあ、俺の発言権はおそらく今日のそれに10倍したろう」と英首相マクミランとの会見後に語ったという。また、米誌に、軍事的な解決と政治的・経済的解決のどちらが重要かと聞かれ、軍事的な解決だと即答した。

青年将校」と呼ばれていた中曽根康弘が、吉田茂に、衆院予算委員会(1950年2月)で、「国際連合憲章51条にある集団的自衛権を吉田首相は認めるか」と質問した。吉田は、「仮説の問題には応えられない」と逃げた。おもしろいのは中曽根が「この集団的自衛権という問題は、日本の独立後おそらく一番重大な問題になってくるだろう。そういうところからお尋ねする」と言ったことだ。いま正に政局はそうなっている。

吉田首相は、戦後の20年代に、共産党 野坂参三の「自衛のための正しい戦争」論に、「国家正当防衛権」は「戦争を誘発する」から「有害」だと反論したというから今昔の感がある。しかし吉田はやがて「解釈改憲」にシフトし、近い将来つくられる自衛隊は「戦力にいたらざる軍隊だ」(昭和28年)と変遷した(原 彬久著「吉田茂-尊皇の政治家」(岩波新書)。

いま、安倍首相は、改憲に執念を燃やしているが、樋口陽一 小林節『「憲法改正」の真実』(集英社新書)で、小林は、今の自民党憲法調査会世襲議員と不勉強な改憲マニアだけだと言い、樋口は、安倍首相の母方の祖父岸信介A級戦犯で後に総理大臣となった。その屈折が「押し付けられた憲法」廃棄の執念につながったのではないかと言う。

冒頭の高坂には著書「宰相 吉田茂」(中央公論社)があり、吉田は「鼻のきかない奴はだめだ」と公言していたという。鼻がきかないどころか、戦争の臭いにも気づかないようでは憲法9条の是非を判別するのはムリだ。たしかな世論が形成されるまで、少なくとも来年の憲法改正はムリだろう。(2019・7・13 同テーマの拡大版が山崎義雄のHP「中高年ばばんG」にあり)