ババン時評 「敗レザル軍備」の構築を

 

イラクやシリアで、IS(イスラム国)が息を吹き返しつつあるという米国の報告書内容が報じられた。トランプ大統領が春に、オレの力でイスラムを片付けたと吹いたばかりだったが、やはりトランプという“一過性”の危ない大統領が一代でISを屈服させるのはムリだったということだろう。

今年は74回目の「敗戦記念日」となった。太平洋戦争のスターは山本五十六だが、井上成美海軍中将は山本を凌ぐ名将として玄人スジに名が高い。井上が提案した「新軍備計画案」は、海軍主流派の大艦巨砲主義と艦隊決戦理論を批判し、新しい空軍、機動部隊中心の海軍づくりを具申したものだったが、迷惑視する主流派によって握りつぶされた。

大事なのは、井上がこの計画案で、「米国ニ敗レザル事ハ軍備ノ形態次第ニ依リ可能」だが、「米国ヲ破リ、彼ヲ屈服スル事ハ不可能ナリ」と断じたことだ。つまりは新しい空軍、機動部隊中心の建軍による、「敗れざる」新軍備の必要性を提唱するとともに、今のままの大艦巨砲主義と艦隊決戦戦略で米国を屈服させることは不可能だと喝破したのだ。その慧眼には驚かされる。

この話を、国際政治学者の故永井陽之助さんは著書「歴史と戦略」(中公文庫)で引用し、今まさに井上中将が言ったような世界状況になっていると指摘する。すなわち、「勝つこと」と「負けないこと」は別だとして、戦後の朝鮮戦争ベトナム戦争アフガニスタンなどもパワーの弱い側が勝てないまでも負けない事例が増えていると言う。そして、ゲリラ側は負けなければ勝ちだが、外征軍たる大国は、勝たなければ負けだとも言い、これを永井さんは、「非対称紛争理論」と名付けている。

樋口陽一 小林 節 『「憲法改正」の真実』(集英社新書)では、「アメリカが始めてまともに終わった戦争はない」と言い、大戦後に起きたベトナムアフガニスタンイラクなどでもアメリカは結局動乱を拡大させたと言い、「アメリカが勝った戦争はない」と言っている。

私も何度か素人談義で、「勝てないまでも負けない軍備を」と書いているが、専守防衛に徹する日本の構えはそれしかない。80年近くも昔の井上中将による教え、「米国ニ敗レザル事ハ軍備ノ形態次第ニ依リ可能」を再認識し、米国は今かけがえのない同盟国だが、代わって日本を取り囲む危ない国々に対して「敗レザル軍備」を構築すべきだろう。(2019・8・10 山崎義雄)