ババン時評 コロナ下のパチンコ野郎

コロナの蔓延する中で、休業要請を無視して営業するパチンコ店が繁盛?している。開店前からパチンコマニアが店頭に列をなす。自治体が要請する“三密”回避に協力して外出を控える市民の眼には異様なものに見えるのだが、彼らは何を考えているのだろう。

たとえば、①「自分のやりたいことをやるのは個人の自由だ」と思っているのか、②「悪いと思ってはいるがどうしてもやりたい」のか、あるいは③「何も考えずにやりたいことをやっている」だけなのか。おおよそそんなところだろう。

店頭でインタビューのマイクを向けると、①の類の回答をするケースが目立つようだ。さらに②も③も含めて、カネを欲しいと思ってパチンコをやっている者が少なくないだろう。その“換金”だが、パチンコ店が客の出玉をすぐカネに換えてやれば、刑法の賭博罪や風俗営業法に触れることになる。

そこで「パチンコ店」の特定の景品に換えて近くの「景品交換所」に持ち込むと、ここで景品を買い上げてくれる。その後、景品交換所の買い上げた景品を「集荷業者」が引き取って還流させる。これが犯罪を免れるための「三店方式」と呼ばれるパチンコ業界の営業形態で、何十年か前にこれを考案したのが元警察官だったという。

しかしパチンコ景品の換金を厳しく取り締まるとなれば、堂々と換金できるカジノ賭博との整合性が取れない。それは早くから分かっていたことで、数年前にカジノ事業の導入で国の検討を始めた当初、パチンコ景品の換金を合法化しようという意見が議員団の中で強かった。パチンコ換金の問題はカジノ賭博の問題でもあり、警察も議員もウラ稼業と無縁ではないということでもある。

そして何より大きな問題は、その官製賭博にはまる人間を法で縛ろうというところにある。言ってみればカジノ・パチンコ賭博罪は、穴を掘っておいて落ちた奴を罰しようというようなものである。これは人権に関わる問題である。したがって現実の問題で言えば、コロナ下のパチンコ規制では、法的な規制を考える前に、パチンコ店の前に並ぶマニア諸君に自制心を求めるしかないということになる。その自制心は、道徳的・倫理的な個人の資質に関わる問題であるということになる。残念ながら彼らの不心得を悟らせる即効薬・解決策はないということになる。(2020・5・10 山崎義雄)