ババン時評 “ねこばば氏”への謝罪

だいぶ以前、これに似たテーマでエッセイを発表したことがある。また同じような話を書く気になったのは、また同じような落とし物をしたことからだ。しかし落し物は出てきたので本当は「“拾い主”に感謝」の話である。今月7日の夜、地下鉄・日比谷駅の構内で長年愛用の「巾着」を落とした。

見つかったら連絡するというので駅からの電話を待ったが、1時間以上も連絡がなかったので「“ねこばば氏”への謝罪」エッセイを書き始めた。話はコロッと変わるのだがこの時、たまたま映っていた「たけし」の何とかテレビでスリの事件を報じていた。夜の電車で座席に寝た酔客のポケットから財布が出ていた。前に立つ男が財布に手を伸ばした。

ところがその男は財布を酔客のポケットに深く押し込んでやったという。そこで終われば美談だが、ある駅で男はその財布を抜き取って電車を降りた。魔が差したということだろう。カメラで監視されていたとかいうことで、たちまち男は御用となった。男はどこかの私鉄の駅員だった。はたしてこの男は許されぬ犯罪者であり、一方の酔客はかわいそうな被害者だと言えるのだろうか。

私の巾着は、いくつか持っている巾着の中で一番のお気に入りで、手帳やカードや大事なものがいろいろ入っていたが、拾い主が届けてくれたおかげで無事私の手元に戻った。実はこの巾着、因縁があり、だいぶ以前に東京駅で落としたことがある。この時もちゃんと出てきた。

東京駅の時は、係員に無理に教えてもらった拾い主に電話でお礼を申し上げた。改札口から大部離れた忘れもの扱い所まで届けてくれた拾い主は、初めて東京見物にきたという丹波のおじさんYさんだった。今回は、日比谷駅の係員氏に拾い主のことなどあれこれ聞く気になれなかった。

まず係員氏による当方の身元確認やら必要な応答が、受付けカウンターの前に垂れ下がったコロナ防止の透明なビニール・シート越しに行われる。最後にそのビニール・シートの下から手を差し入れてカウンター上で受け取り伝票?に住所氏名など書いた。コロナのせいで全体の対応が“会話拒否的”で、余計なことを聞く雰囲気ではなかったからだ(係員さんゴメンナサイ)。

これも昔エッセイに書いたが、数十年前、JR国分寺駅のデパート丸井のトイレで16万円入りの財布を落とした。この時は出てこなかった。開店間もない時間帯であり、お客はまともな普通人だと思われるが、魔が差してねこばばしたこの人は、一生心の傷として残るだろうと思えば落とした自分の不用意を後悔し、ねこばば氏に謝罪しなけれればなるまいと思った次第。(2020・11・9 山崎義雄)