ババン時評 無戸籍で揺れる“血の絆”

   この平和な日本で、戸籍をもたないまま社会の片隅で生きて死んで行く人たちがいる。2014年以降でも約3400人の無戸籍者がいて、現在でも約800人ほどが確認されている。しかし実際の無戸籍者は1万人を超えていると推定されている。

    そんな老人や親子の事例などが報じられ、悲惨な生活ぶりが世間の耳目を驚かすことがよくある。最近でも無戸籍で高齢の母親が餓死し、精神障害のある中年の息子が塩と水だけで3週間生き延びていたという悲惨な事例が報じられた。

   無戸籍者は、住民登録をしていないから、公民としての権利を持たず、公の支援も得られない。菅首相は、生活保護は国民の権利だと言ったが、無戸籍者にはその権利もない。その無戸籍者を生む大きな要因が今の民法の不備にあるとして、国が民法改正に取り組んでいる。具体的には生まれた子を誰の子とするかという嫡出推定制度の見直しだ。

 今の法律は、婚姻中にできた子は夫の子であるとしており、さらに離婚後300日以内に生まれた子も元夫の子であると推定する。逆に、この子を自分の子でないと否定する権利は夫だけに認められている。明治以来の法律だが、夫に「否認権」があるとする法理論の根底には、女性にはハラを痛めた子の相手は分かっているが、夫には分からないこともあるという考えがあったからであろう。

 今回の改正試案のポイントは、離婚後300日以内の新生児を前夫の子と推定する原則を残しながらも、場合によっては再婚相手の子と推定するという例外を設けることである。これは、戸籍に前夫の子として記載されることを嫌って出生届を出さないなどのケースがあり、結果として無戸籍の子供を増やすことになるからである。さらに無戸籍の親が無戸籍の子を作るという悪い連鎖を断ち切る狙いもあるのではないか。

 かくして今回の民法改正試案には、多くの無戸籍の子供が増えていく恐れを未然に防ぐ狙いがある。この民法改正試案は、法制審議会の中間報告であり、最終答申をまって来年の通常国会に法案提出となるが、この改正で一件落着とは行かないだろう。

 結婚の形も親子の形も、男女の形さえも激しく変わっていく現代においては、民法の形も変わっていかざるを得ないだろう。血の絆を特定し、素朴な親族関係を守っていくという民族のルールさえ変形していくことになろう。(2021・2・18 山崎義雄)