ババン時評 のんき過ぎる「危害射撃」

政府は、ますますエスカレートする中国の「尖閣侵犯」に対処して注目すべき「見解」を打ち出した。海上保安機関・海警局の「海警船」や武器を持った民間の漁船などの「民兵船」が尖閣諸島に接近した場合、自衛隊が、相手を負傷させる可能性のある「危害射撃」を加えることができるという見解だ。しかしこの見解と「危害射撃」には少なからず違和感や疑問がある。

まず、「危害射撃」の法的根拠は、警察官職務執行法による「凶悪な罪」だ。なんと、この罪の判断は、海保巡視船の報告を受けて海上保安庁が行う。さらに海保では対処できないと判断すれば自衛隊の出動を要請する。緊急の閣僚会議が開かれ、決議を経て防衛相の発令で自衛隊が行動を起こす。自衛隊の行動は「警察行動」であり、これで中国海警船の「軍事行動」に対処するのだ。

それにしても、「危害射撃」を加えるまでに、多分こんなまどろっこしい手続きを延々とやるのだろう。その間、尖閣沖で手持ち無沙汰の海警船はどうする。明日また来るからと帰るか。尖閣に上陸して休んでから帰るか。多分、島で一泊して帰っても「危害射撃」を食らうことはないだろう。

伊藤祐靖著『法人奪還』(新潮社)は、北朝鮮の拉致日本人を武力で救出する未来小説だ。最初の緊急閣僚会合では、総理を差し置いて、「影の総理」と呼ばれる官房長官が強引に会議をリードして救出作戦を決定する。次の緊急会合には、自衛隊統合幕僚長ら5名の陸海トップと、実働部隊を指揮する一佐と二佐の2人が加わる。会議では、腰の引ける軍トップに業を煮やした一佐が総理に食い下がり、邦人救出作戦は可能だと断言する。二佐も同意見を述べ作戦は決定される。

隊員の人的犠牲を払って「邦人奪還」には成功する。記者会見で総理は、官房長官の入れ知恵で「国民の命を守るために国家の決断をくだした」と訴えて成功し、救出された息子を抱きしめる母親の報道写真などが世論に訴え、野党の「暴走政権」批判を封じ込めた。そして軍上層部に反抗した一佐と二佐は、懲罰人事のような部署にそれぞれ左遷される。

尖閣防衛に当たっては、この小説のような醜態を演じないように指揮命令系統の整備を急ぐべきだ。そして戦略的には、海保巡視船の海自に準じた実力アップを図る必要がある。さらには、尖閣防衛への「警察行動」を超えた積極的な自衛隊投入を図り、具体的な米軍の支援体制を協議すべきだろう。(2021・3・20 山崎義雄)