ババン時評 「正直、困惑」した文大統領

慰安婦らが起こした裁判の思いがけない判決に、文在虎大統領が「正直、困惑している」と語った。今年に入って、韓国ソウル中央地裁で日本を相手どって元慰安婦が起こした2つの賠償請求裁判の判決がそれぞれ1月と2月に出た。ほぼ同じ訴訟内容で、しかも同じ韓国ソウル中央地裁において、1月の判決では慰安婦側の勝訴、4月の判決では敗訴と真逆の判決になった。

そもそも、慰安婦らがこのような訴訟を起こすに至った原因は、文大統領が、2015年の日韓合意を踏みにじって慰安婦問題を蒸し返したことにある。問題に再び火をつけて煽った張本人の文氏が「正直、困惑」したのは、1月判決を受けての感想だから驚く。文氏としては、大統領任期も残り1年ほどとなる中で、日韓関係がますます悪化し、国内での大統領人気も落ち目になった焦りがあり、ことを大きくしたくない心境に“変節”したのであろう。

そこへ真逆の4月判決だから文氏としてはまさに股裂きに遭ったような思いだろう。おまけに4月判決では、日本の資金提供で設立した慰安婦支援基金についても、先の日韓合意に基づいて「日本政府が行った元慰安婦の権利を救済する手段だ」と肯定した。その基金を解散させた文大統領としては「正直、困惑」するしかなかろう。

さらに、裁判にかかった訴訟費用に充てるために日本政府の資産を差し押さえようという慰安婦側の要求にも4月判決は「ノー」をつきつけ、その理由として「ウィーン条約など国際法に違反する結果を招きかねない」との判断を示し、国際法重視の見解を示した。これも国際法より韓国大審院最高裁)判決を上位に置いた文大統領としては「正直、困惑」するしかない。

問題は今後、日中外交の現場で慰安婦問題がどう進展するかだが、文氏に何かを期待しても無理だろう。以前、このババン時評で「韓国のトリセツはあるか」(2019・12)として、(韓国が歴史問題にこだわっている限り)トリセツはないと書いた。韓国でも今回の4月判決に対しては、例えば革新系「ハンギョレ新聞」などは「歴史を無視した判決」だと社報で論じたという。また先月3月の「ババン時評 文在虎相手にせず」では、「文大統領にものを言ってもはじまらない。韓国への言い分は、世界に向けて、次いで来年の大統領選に臨む韓国民に向けて発信すべきだ」と書いた。

慰安婦問題での4月判決は光明である。新政権が保守系になればもちろんだが、革新系政権でも今回の4月判決を無視することはできまい。慰安婦問題は大きく前進する期待が持てる。その先に徴用工問題があり、歴史認識問題がある。韓国との付き合いは厄介だが、「正直、困惑」するばかりの文政権よりは次期政権に(多少の?)期待を持てるのではないか。(2021・5・1 山崎義雄)