ババン時評 美術と創造の基本はリズム

美術や芸術などの基本はリズムだという話をしたいのだが、その前に思い出話を一つ。陸自の一佐で退職したMさんは防大出の優秀な戦闘機乗りだった。気さくな人柄で酒が好きで、現役の時はよく仲間でスナック通いをしていた。気が乗ればマイクを握って時の流行り歌を披露した。

ところが彼は徹底的な音痴で聞く者を大笑いさせ、口の悪い仲間に「お前それでよく墜落しないなー」などとからかわれていた。そのMさんが退職して大分年月がたったころ、仲間の一人に、空を飛ぶジャンボ旅客機を見上げて、「よくあんなものが空を飛ぶなー」と言っていたという。

Mさんを思い出したのは、たまたま山崎正和著『哲学漫想』(中央公論新社)で「リズムの哲学再考」についての論稿を読んだからである。山崎さんは昨年逝去された名の知れた劇作家で哲学者だが、『リズムの哲学ノート』の著作もあるリズムの研究者?でもあった。

山崎さんは同書で、「リズムは感覚に乗って音楽を生み、視覚に乗って美術を生み、運動能力に乗って舞踊や演劇を生む」と言う。戦闘機乗りだったMさんは、舞踊や演劇に劣らぬ運動能力リズムを持っていたはずだが、リズムの本命である音楽的なリズム感覚はまるでなかった。

そして山崎さんは「リズムは視覚に乗って美術を生む」というのである。この一節が少しばかり絵を描く我が身としてはまったく同感だ。私もかねがね絵はリズムだと思っている。絵画理論でリズムに触れたものがないことはないようだが、リズムは絵画理論の本筋ではないだろう。

しかし私は、構図にリズムのない絵画は基本的にダメだと思っている。絵は線と面と色彩で構成されていると私は思っているが、その画面構成がすなわち構図であり、構図が作品全体のイメージを醸成する。魅力的な構図は観る者の目線を誘導する独特のリズムを持っている。

絵画を見る人は、まず無意識に作品全体のイメージに目を引かれ、それから目線が画面細部を回遊し、回遊を繰り返すうちに観る人の目と心にリズムが発生する。絵にかけた作者の思いが伝わるということは、観る者と作者の心的リズムの波長があったということであろう。

音楽は言うに及ばず芸術全般で創作者と観る者の間に生じる心的リズムの波長があった時に初めて感動が生まれる。天体の運行も季節の移ろいも人間の営みもリズムをもっているのだから、絵画や美術の基本にリズムがあるのは当然だとも言える。(2021・7・14 山崎義雄)