ババン時評 国の大計語らぬ奇策総裁選

岸田文雄政調会長は、自民党役員人事について、「1期1年、連続3期まで」にする党人事の刷新案を提言した。党内の不満の声が出たことについては、「疑問の声は理解できない」として、「新陳代謝のできる政党、権力の集中惰性を防ぐ党改革が必要だ」と強調した。安倍前首相の“禅譲”を期待して待ってきた人柄と待ちの岸田氏とはイメージ一新の大胆な提言である。

役員任期の厳しい見直しは、当然ながら就任から5年立つ二階俊博幹事長の処遇問題に突き当たる。二階派から反発が起きるのは当然だ。岸田氏が二階氏とどんな折り合いをつける作戦なのか気にかかる。と、この一文を書いていた8月末、事態は急変した。

どうやら岸田氏は人事改革案の発表のタイミングを誤ったようだ。菅首相が二階氏交代について検討を始めた。狙いは党役員刷新だと言いながら、菅首相は30日に下村博文政調会長に総裁選出馬を断念させ、続いて二階氏とも会談した。具体的なやり取りは分からないが、二階氏は、菅首相の要請があれば幹事長交替を容認する意向を示したと伝えられる。

これではまるで岸田氏の戦術のパクリではないか。二階派の恨みを買う恐れを乗り切って、怖いネコの首に鈴をつけようとした岸田氏の苦労を横取りして美味しいところだけいただくというのは、実直・剛直な菅氏のやり口とは思えない。逆に岸田氏の人の好さがまた露呈した。

また岸田氏は、「国民の意見を聞く」姿勢を強調する。あるテレビ番組では、国民の声を書き込んだ手帳を繰りながら、2つほど具体的な巷の声を紹介した。直近ではオンラインで、さいたま市の中小企業経営者らと意見交換をした。岸田氏の念頭には地方に強い石破茂元幹事長がいる。

やはり焦点は石破氏の去就だろう。ひところは「今は自民党が一つになる時だ」などとして、菅政権の支持と自身の不出馬を匂わせていたようにも見えた石破氏だが、直近は、出馬への態度は「全くの白紙」だとしている。世論調査では一番人気の石破氏が立たないはずはない。たとえ負けても立てば次につながるとする見方が強い。

ともあれ清廉なイメージの岸田氏が強気に変身し、実直なイメージの菅氏が業師に変身してライバル岸田氏に一撃を加えた。その上9月半の衆院解散も考えているともいわれ、にわかに事態は混沌としてきた。ここはぜひ強直の石破元幹事長が参加して、まともな政策論争を行うべきだ。国の大計を語ることのない足の引っ張り合いや寝技の応酬でコップの中の総裁選をやっているようでは、自民党のみならず政治への信頼回復はおぼつかないだろう。(2021・9・1 山崎義雄)(注 これは菅首相退陣表明前の小論である)