ババン時評 「新資本主義」は誇大広告

いきなり馬鹿々々しい話だが、岸田首相の提唱する新しい資本主義についての原稿をパソコン入力していて、「成長戦略」と打ち込んだつもりが入力ミスで「成長浅慮悪」と出た。眺めているうちに、単純な成長志向は浅慮であり悪であるという「脱成長」思考に見えてきた。

岸田首相も「新資本論」を言い出した当初は、「成長浅慮悪」ではないが、「成長」よりも「配分」が大事と言っていた。今はその解釈に修正を加え、「分断や格差を乗り越え」「モノから人へ」の投資を進める新しい資本主義の考えを訴えている。「成長浅慮悪」に通じるところがあるような―。

閑話休題。岸田首相が、『文藝春秋』2月号で、「私が目指す『新しい資本主義』のグランドデザイン」を発表した。まず岸田首相は、「私の提唱する新しい資本主義に対して、何を目指しているのか、明確にしてほしいといったご意見を少なからずいただきます」と言っている。ことほどさように、首相の新資本主義が何を言っているのかよく分からない国民が多いということだ。

まず岸田首相が説く内容が学校の講義を聞くようで政治家の提言になっていない。いわく、「私たちは、資本主義社会に生活しています。人類が生み出した資本主義は、市場を通じた効率的な資源配分と、市場の失敗がもたらす外部不経済、たとえば公害問題への対応という、二つの微妙なバランスを常に修正することで、進化を続けてきました」と説く。 ?と考え込む人が多いのではないか。

そして、市場や競争に任せれば全てがうまくいくという「新自由主義」の広がりとともに資本主義のグローバル化が進み弊害も顕著になり、格差や貧困が拡大し、気候変動問題が深刻化したとする。やはり学校の講義調だ。さらに、ここでひっかかるのは新自由主義の解釋だが、これは過去の野放図な市場主義・自由主義ではなく、ある程度政府の介入や規制も必要だとする考え方だから、岸田首相の「新自由主義」批判は当たらないのではないか。

ともあれ岸田首相の新資本主義論は、新資本主義の必要性=前提を力説するだけで、今後の資本主義が見えてこない。要するに岸田首相の新しい資本主義論は論説的に過ぎて、「私が目指す『新しい資本主義』のグランドデザイン」と現実の政治課題が見えてこない。

すでに本欄では昨年(11・10)『「新しい資本主義」の正体』で、首相のいう「成長と配分の好循環」は、新しくもなんともない資本主義の本道ではないかと指摘した。岸田首相が掲げる課題に、「成長」では、大学ファンドの運用、半導体立地促進、研究開発支援など、「分配」では、賃金格差の解消、「労働分配率」向上、子育て支援、コロナ最前線の看護や介護への報酬加算などがある。

こうした具体的な政策課題は「新しい資本主義」を持ち出すまでもない前政権からの継続的な政策課題ではないか。それとは別に、この先は経済安全保障政策への取り組みもある。こうしたロシアのウクライナ侵攻なども踏まえての新しい政策課題こそ政治家が描くべき政策のグランドデザインであり、新しい資本主義などと誇大広告する必要のない政策課題ではないか。(2022・3・9 山崎義雄)