ババン時評 世界の“硬化”は露の大誤算

世界が注目した、プーチン露大統領の「対独戦勝記念日」(5月9日)演説は、露の戦死者への追悼とウクライナ侵略は唯一正しい決定だったとする言い訳が中心で、その他の話も中身はウソだらけ。「戦果」の誇示も新規まき直しの「戦争」宣言もなく、赤の広場の虚飾の壇上に立つプ氏の姿には、泥沼の戦況に陥った苦悩と焦燥、独裁者の孤独と不安の心底まで透けて見えた。

話はコロッと変わるが、ロシアのウクライナ侵攻について元大阪府知事橋下徹氏がテレビやSNSで本音をぶちまけ、賛否両論(といってもほとんどは批判)を巻き起こしている。「暴走コメンテーター」などと揶揄されながら、速射砲のように打ち出す毒舌は、言ってみればロシアも悪いがウクライナも悪いといったたぐいのイエスバッド的な発言だ。

だから、ウクライナ国民は国を捨てて脱出しろ的な発言から、ロシアを徹底的に叩け、式の発言まで幅広く拡散する。橋本氏は得難い論客であり、正鵠を射る発言が多いのだが、時に“脱線”する。「失言の“根っこ”は、言ってはいけない(言いたくなる)“本音”を抱えていることと、(勢いで)強がりや虚言を弄する人間性にある」と前に書いたが、彼にも多分にそれが当てはまる。

プーチンの場合は手前勝手な「失言」にとどまらず、見当違いの理屈でウクライナ侵攻という「暴挙」に出た。プーチンは、侵攻直前(2月21日)の国民向けテレビ演説で、ウクライナはおよそ100年前に、ソビエト共産党ソビエト連邦生みの親のレーニンが創設した国だと語り、その後、フルシチョフがなぜかロシアのクリミアをウクライナに与えた、と、先達らへの恨みつらみを語った。

だからと言って、くれてやったものを返せと強要するのは道理に合わない。そんな理屈が通るなら、スターリンのロシア(当時ソ連)が、太平洋戦争末期に、突如、日ソ中立条約を破棄して参戦し、戦後、その見返りに米・ルーズベルトらから千島列島をもらったついでに、不法に占拠した北方四島を、まずは速やかに返すのが筋ではないか。

ともあれロシアのウクライナ侵攻は、これまで中立を宣言していた北欧のフィンランドスウェーデンまでNATO加盟に追いやることになった。プーチンウクライナへの武力侵攻という先達とは逆のやり方ではあったが、結果として先達がやってしまった周辺国のロシア離れと自立を促したことになる。

そしてロシア包囲網という、世界の“硬化”を招いた。プーチン最大の誤算だろう。わが国も例外ではない。プーチンウクライナ侵攻に後押しされて?、憲法9条と野党と国民世論でブレーキを掛けられていたわが国の防衛費も、EU諸国の動きと軌を一にしてGDP比2%台を目指すなど、防衛力強化の方向に大きく踏み出すことになった。(2022・5・10 山崎義雄)