ババン時評 黒田総裁、値上げはノーです

日銀の黒田東彦総裁は、任期満了まで残り1年を切った。2013年3月に就任し、在任日数が歴代最長となり、任期は来年4月8日まで。就任早々からアベノミクスに肩入れする黒田総裁の金融緩和政策に、生活者の視点から異を唱えてきた当方としては、ウクライナ戦争のあおりで物価上昇の進む今日、また一言、言いたいと思っていた矢先に、黒田総裁の失言問題が突発した。

黒田総裁は、都内における講演(6・6)で、「家計の値上げ許容度は高まっている」と発言した。食品などの値上げで消費者が困惑しているさ中の発言だから、マスコミやネットで集中砲火を浴び、国会でも問題にされて、「誤解を招いた表現だったということで申し訳ないと思っている」として発言を撤回し、謝罪に追い込まれた。

黒田氏は、「日本の家計の値上げ許容度も高まってきているのは、持続的な物価上昇の実現を目指す点から重要な変化」だと発言したと言うが、それは“論点ぼかし”であり、「物価上昇の実現」に目を向けさせても「値上げ許容」発言の意味が軽くなるわけではない。また、発言は「家計が自主的に値上げを受け入れているという趣旨ではなかった」とも釈明した。

もちろん自主的な「値上げ許容」などあろうはずがない。「むしろ家計としては、いわば苦渋の選択として、やむを得ず値上げを受け入れている状況だと思う」とも発言して理解のあるところを見せたようだが、自主的な値上げ許容どころか、押し付けられた値上げ許容ならさらに問題だろう。「誤解を招く発言だった」との謝罪も、この言葉には国民が誤解したという含意があり、不愉快な常とう句だ。

黒田氏は「スーパーでものを買ったこともある」程度で、日常の買い物はほとんど奥様に任せているというから、消費者がどれだけ迷いながら店頭で安いものを探しているか、生活者の目線にも心理にも思いが及ばないのだろう。SNS上にあふれた「#値上げ受け入れていません」というハッシュタグが話題になったのも当然だ。

ところが皮肉なことに、ウクライナ戦争の勃発で、原油や原材料、穀物などの価格が高騰し、ガソリンや食料品などさまざまな製品やサービスが値上がりしている。黒田総裁の任期切れ直前に物価目標2%達成が実現しそうな雲行きになってきたのである。しかし「好事、魔多し」、“棚ぼた”的物価上昇にうれしくなって黒田総裁の失言になったのかもしれないが、この先が心配だ。

黒田総裁は、目下の物価上昇は賃金上昇や需要の増加という望ましいかたちによるものでないとして、金融緩和継続の姿勢を崩していない。本当にそう考えるなら目下の物価上昇は悪い物価上昇で、行き過ぎればインフレ懸念も生じることになる。金融緩和一本やりの金融政策を見直すことが、黒田総裁最後の仕事になるのではないか。(2022・6・11 山崎義雄)