ババン時評 落ちたら最後「我欲の深淵」

金銭欲は人間特有のやっかいな欲望で、人生を狂わす最大級の欲望だろう。格好の見本は日産の元会長カルロスゴーンのケースだろうが、収賄1億数千万円をせしめた五輪組織委の元理事・高橋治之容疑者も相当なものである。まずは紳士服大手の「AOKIホールディングス」からの巨額収賄で世間の耳目を驚かせたが、それでは終わらず、今度は大手出版社「KADOKAWA」からの巨額収賄容疑で東京地検に逮捕され、ついにはKDKAWA会長の角川歴彦容疑者まで贈賄容疑で逮捕された。

AOKIの場合は商売の儲けを追求し過ぎて、超えてはならない #「矩(のり)を踰(こ)える」 所業に及んだものだが、現代文化の先端を走るKADOKAWAは、角川書店の創業者 角川源義による #「不易流行」(流行を追えば変わらないものが見えてくる) というグループ企業の理念を忘れていたようだ。「不易」を忘れて「流行」ばかりを追った結果、矩を踰えて不当な利益を狙うに至ったらしい。

高橋容疑者のイメージは、東京地検に逮捕されて有罪判決を受けた日大の田中英寿前理事長に重なるものがある。田中は権力誇示の権化のような人物だった。今年4月、刑が確定した後も、立ち入りを禁止されていた大学施設を回り、事務引継ぎだと言って大学関係者と面談していたという。この期に及んでも大学への影響力を残したいという止みがたい思いがあったようだ。抗しきれず面談に応じる大学関係者にも問題があろう。

高橋容疑者も、大手広告会社「電通」の元専務で、電通時代に培った幅広い人脈を活かして、いまだに社内外に影響力を及ぼす実力者だったようだ。五輪組織には同社から多数の社員が出向していたという。彼らにも十分に高橋の威圧が示されていただろう。日大の田中同様に、高橋容疑者にも金銭欲と同時にゆがんだ権力欲があった。KADOKAWAが五輪スポンサー料として組織委に納めた2・8億円のほかに、高橋への賄賂の迂回路とみられる知人のコンサル会社に7600万円を支払わせたという。その筋書きも金額もすべて高橋容疑者が決めて指示したものだといわれる。

以前、『ババン時評 日産ゴーンの「高転び」』を書いた(H30・11)。戦国時代の毛利氏に使えた禅僧・安国寺恵瓊は、天正元年(1573年)の暮れ、何名かの武将に宛てた書状に、織田信長はいずれ「高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候」としたためたという。安国寺は傲岸不遜な信長の言動に人間的な危うさを見たのだろう。

一般的に考えれば、高転びの3大要因は、「名誉欲」「金銭欲」「独占欲」ではないか。信長の傲岸不遜も、この3大要件を満たした末に立ち現れた言動ではないか。ゴーンをはじめ、田中英寿、高橋治之、角川歴彦各氏の場合も、この3大欲求を追いかけて「矩を踰える」所業を行えば、その先には間違いなく見事な高転びが待っているという戒めではないか。(2022・9・15 山崎義雄)