ババン時評 人生とカネの“間合い”

須臾の間の人生行路とはいえ、思えば遠くにきたもンだ。それなりにまじめに長く生きてふと気が付けば、これまで付き合ってきた仲間内に金持ちがいない。無沙汰の知人から「お変わりありませんか」と電話があったから「ハイ貧乏しております」と答えたという友人がいる。とりわけ戦後の貧しい少年時代を共にした仲間で一杯飲むときなどは、昔の貧乏自慢を酒の肴にすることさえある。よく不特定多数で集まる遊びの会を企画したが金持ちぶったヤツを呼んだことはない。

とは言え例外はある。会社経営から大学教授で20億円の資産を作り悠々たる老後を送って逝った仲間がいる。本好きの十数人のサークルで30年以上も付き合った。月例会のあとは居酒屋で一杯やるのが習わしだったが、いつもきっちりと割り勘だった。もし彼が、オレが持つというような人間だったら仲間ではいなかっただろう。彼の妻がチラシを見て少し離れた安いスーパーに自転車で行き、帰りに荷の重さでバランスを崩して転倒してケガをしたと言い、かわいそうだと酒を飲みながら漏らしたことがある。だが最後は、人のため世のためと財団法人○○基金をつくりカネを残して逝ったからただのケチではなかった。

先に『ババン時評 落ちたら最後「我欲の深淵」』(2022・9・15)を書いた。五輪組織委の元理事・高橋治之容疑者の話である。日産の元会長・カルロス・ゴーンや日大の前理事長・田中英寿も引き合いに出した。高橋容疑者の場合は分かっただけでも2億円近い賄賂をポッポに入れ、3度も逮捕を繰り返している。そのうえ新たに高橋の古巣・電通まで五輪の不正疑惑が浮上した。電通は、五輪事業の入札方式をあの手この手で骨抜きにし、ライバル他社を出し抜いて五輪スポンサー選定の権限を独占したという。

電通と言えば7年ほど前に女子新入社員が過労で自殺した事件があった。この事件を機に、ほかの企業の過重労働の実態まで暴かれて大げさに言えば働き過ぎは罪悪だという世論が高まった。しかしそれまで我々の世代は無茶苦茶に働いて経済成長を支えてきた。当然景気が悪くなれば首切りもあり、世に産経残酷、時事地獄などと言われる例もあった。電通OBから同社の過重労働は「士農工商エタ電通」と僭称していたと聞いたことがある。

酒の席で高橋容疑者の話などをつまみに、こういうヤカラはどれだけカネを握れば満足するのか、悪銭にまみれた人生で幸せになれるのかと憤慨すれば、一度悪銭にまみれてみたいと混ぜっ返して笑わせる者もいる。カネと付き合わずには生きられないが、べったりとした付き合いはしない方がいい。ともあれ仲間は皆それぞれの人生でそれなりの収入を得て、それを家やら子どもやらのために費やして、蓄えも薄くなって、それでも居酒屋で一杯飲める。人生とカネの“間合い”は多分その程度でいいのではないだろうか。(2022・10・20 山崎義雄)