ババン時評 中国は尖閣を盗り沖縄を狙う・下

ウイキペディアによると、ディニー玉城沖縄県知事に関するこんな報道が中国側メディアに出ているという。2023年10月19日まとめ。台湾メディアの「報導者」(中国語版)は、玉城が北京の琉球人墓地を訪れ、古来、商売や学問のために異国の地で亡くなった琉球の先祖を弔問したこと。「抗日民族の英雄・林世功」の弔問に訪れたこと。沖縄が中国との伝統的な関係を取り戻し、「琉球復国」という政治的悲願を暗に示したと報道[36]。「環球時報」のインタビューに応じ、「『台湾有事は日本有事』を拒絶した」という[36]

一方、ただならぬ日中関係の原状に目を転じれば、読売新聞(1・29)は、「中国軍艦台湾四方にも 常時 東シナ海展開と連動」を次のように報じている。中国が、台湾周辺の四方に軍艦4隻を常時展開していることがわかった。平時から台湾に軍事的な圧力をかけ、沖縄有事の際には中国が東シナ海上空に一方的に設定した「防空識別圏」(ADIZ)の境界線付近に常時展開する軍艦とも連携し、米軍などの接近を阻止する狙いがあるとみられる。台湾有事:中国と台湾が武力衝突する非常事態。中国は台湾統一に向けて、武力行使も辞さない構え。偽情報を流布するなどの「認知戦」を展開し、ミサイルやサイバー攻撃などで重要施設を攻撃した後で、台湾に上陸するシナリオが想定される。

〈有事 米軍接近阻止か〉中国は2022年8月、ナンシー・ペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問に激しく反発し、台湾周辺で大規模な演習を行った。この頃から、主にフリゲート艦4隻が常時展開するようになったという。4隻は、日本最西端の沖縄県与那国島周辺に1隻、与那国島とフィリピンの間に1隻、台湾の南西と北の海域にそれぞれ1隻ずつ配置されている。このほか、同県の尖閣諸島北西にも1隻が常時展開しているという。

香田洋二・元自衛艦隊司令官は、「日本にスキが生じれば、中国が今後、力を使って尖閣諸島に手を出してくる可能性は十分ある。日本は、万全の態勢で備えておく必要がある」と強調する。こうした状況下で玉城沖縄県知事の認識は甘い。最高裁判決で敗訴し、辺野古湾の埋め立て工事の進捗に協力しなければならないことになったが、まだ抵抗の構えを崩していない。

数年前、リチャード・アーミテージ元米国務副長官が読売新聞の「地球を読む」欄に寄稿して、「ウクライナの教訓 日米同盟の刷新 緊急性 指揮・兵器 連携強化を」と訴えたことがある。内容は、(米国の)同盟国としての日本は依然として、米国の他の同盟国の軍事的水準より多くの面で遅れている。北大西洋条約機構NATO)や、米韓、米豪などの同盟は、少なくとも幾つかの分野で、日米よりも深い水準で統合されている。特に重要なのは「連合作戦司令部」と「「連合能力開発」だ。この2つによって、同盟は短期と長期の軍事力を生み出す、と提言している。日本は、日米同盟の深化を軸とする中長期的防衛政策が必要だ。(山崎義雄 R6/2/10)

 

ババン時評 中国は尖閣を盗り沖縄を狙う・中

前回取り上げた中国社会科学院の張海鵬氏の論文は、大要「1879年の日本における琉球合併は違憲であり、国際法に反していたと結論ずけることができる。カイロ宣言ポツダム腺癌は、最も重要な国際文書であるが、どちらも琉球が日本の国土であることを否定している。1972年以降、日本は沖縄県を再編したが、国際法上の琉球の独立主権の問題は解決しなかった」というもの。

前出のジャーナリスト・岡田氏によると、旧知の台湾ジャーナリストは、張氏の論考について「日米が台湾問題をもてあそんで北京をけん制しようとしたのに対し、北京が『では琉球の件はどうなのか』と意趣返しをしたとみている」と解説し、筆者(岡田氏)も同感だとしている。その上で、沖縄と台湾の歴史的近似性は、日本近代史を主語にして考えるとより鮮明になるとして、こう述べる。

前出のジャーナリスト・岡田氏によると、旧知の台湾ジャーナリストは、張氏の論考について「日米が台湾問題をもてあそんで北京をけん制しようとしたのに対し、北京が『では琉球の件はどうなのか』と意趣返しをしたとみている」と解説し、筆者(岡田氏)も同感だとしている。その上で、沖縄と台湾の歴史的近似性は、日本近代史を主語にして考えるとより鮮明になるとして、こう述べる。

明治政府は近代的な国家体制を構築するため、領土画定を急いだ。1872年に琉球王朝琉球藩に、79年には沖縄県として併合する。清朝が強く反発した「琉球処分」だ。そして、1895年に日清戦争に勝利した明治政府は、下関条約を通じて清朝から台湾の割譲を受けた。またその直前、秘密の閣議決定尖閣諸島を日本に併合した。いずれも「世界の一流国」を目指す明治政府の版図拡大の一翼を担う国策だった。

一方、地政学的な近似性について言えば、日本統治下の台湾と沖縄は、大日本帝国による中国大陸・アジアへの侵略を支える食料・人的資源などの後方支援基地になった。戦後は米ソ冷戦期から現在に至るまで、アメリカの東アジア支配のため、中国・ロシア(ソ連)を封じ込める軍事・補給基地であり続ける。

米政府は1972年、沖縄を日本に返還した。返したのは日本の「主権」ではなく「施政権」だったことはあまり知られていない。日本が無条件降伏を受け入れたポツダム宣言は、日本の主権が及ぶ範囲を北海道、本州、四国、九州の4島と、連合国が指定する島嶼(とうしょ)に限定し、そこに沖縄は含まれなかったからだ。日本は1951年のサンフランシスコ平和条約で台湾を放棄したが、帰属先は明示しなかった。その一方、1972年の日中国交正常化の共同声明は、台湾の中国帰属を明確にしたポツダム宣言を順守するとうたった。

日本の経済団体と訪中した沖縄県玉城デニー知事の動きが日中双方の関心を集めていることについて、当時の朝日新聞デジタル(2023年7月5日)はこう伝えている。玉城氏は中国との歴史上の交流もてこに経済連携などを図る構えだが、中国では習近平(シーチンピン)国家主席の発言を機に「沖縄は中華圏の一部」との声が強まる兆しがあるためだ。

 日本国際貿易促進協会の訪中団に加わった玉城氏は先月の会見で、訪中について「沖縄と中国の長く深い交流の歴史を温めていくことが、交流発展の礎になる」と説明した。玉城氏は4日、明清代に琉球から訪れ、客死した使節らを埋葬したとされる琉球国墓地跡を訪問。雑木林に囲まれた碑の前で線香を上げ、集まった日中の報道陣を前に「中国と沖縄のつながりをしっかり結び、平和で豊かな時代をつくるため努めたいとお祈りした」と話した。玉城氏は6日に福建省福州市に移り、地元幹部との会談などに加え、経済交流などを促進するための「福建・沖縄友好会館」なども訪れる予定だ。

習発言の意味に戻ろう。中国は、台湾問題でアメリカと日本が「一つの中国」政策の空洞化を狙っていると反発し、戦後の領土画定に関する国際的取り決めの順守を強く求めている。そこで、先述の台湾ジャーナリストが指摘した「(中国側の)意趣返し」とは、(日本が)台湾問題に干渉するなら、法的には主権と帰属があいまいな沖縄問題を「蒸し返してもいいぞ」という意味だと岡田氏は見る。同感だ。この点から見て玉城氏の中国容認姿勢には問題がある。本気で沖縄防衛を考えるときはないか。(山崎義雄 R6/2/7)

ババン時評 中国は尖閣を盗り沖縄を狙う・上

 先に「ババン時評 中国は必ず尖閣を盗りにくる」を書いた(R6/2/3)。今回はその続きである。先に、中国が尖閣諸島を中国領と明記した領海法を制定したことを書いたが、中国は沖縄についても歴史的に見て中国のものだと考えている。

これについて、ウィキペディアが収録するジャーナリスト・岡田充氏の論考(Jun. 13, 2023)を借りると、中国共産党機関紙の人民日報が昨年6月4日、習近平党総書記(国家主席)の沖縄(琉球)に関する発言を報じ、波紋を広げているとする。それに関して、昨年7月の訪中を前にして玉城デニー沖縄県知事は、(人民日報は)沖縄との「交流発展に意欲を示された」と好意的に受け止めた。一方で、台湾に干渉する日本政府に、習氏が沖縄帰属問題で揺さぶりをかけたという見方もある。

人民日報は6月1日、習氏が国家文書館を視察した際の発言を紹介。習氏は時に足を止め、案内人に関連状況を尋ねたという。まず登場するのが尖閣諸島(中国名・釣魚島)。明朝が1534年に琉球に派遣した冊封正使、陳侃(ちんかん)の著書『使琉球録』について、案内人が「釣魚島とその付属諸島が中国版図に属することを記録した最も古い著述」と説明した。同紙が尖閣問題を取り上げたことは、領有権が古くから中国にあることをあらためて示す意図はあっただろう。

人民日報の記事は続いて琉球(沖縄)に移る。習氏は「私が福州(福建省省都)で働いていた頃、福州には琉球館と琉球墓があり、(中国と)琉球との往来の歴史が深いことを知った。当時『閩人(びんじん)三十六姓』(多くの姓の福州人)が琉球に行っている」と述べ、最後に「典籍や書籍の収集と整理の強化は、中国文明の継承と発展に重要」と強調したという。

岡田氏によると、習氏が福州にいたのは、福州市党委員会書記、副市長に就任した1990年頃だ。同市にある「琉球館」は、琉球王国出先機関であり、その存在に触れた習氏の発言には、明朝時代から中国を宗主国琉球王国を従属国とする「冊封関係」にあったことを示す意味がある。「閩(びん)」は現在の福建省を指す呼称で、「閩人三十六姓」とは琉球に渡った福建人を指す。これら閩人は、現在の那覇市久米町あたりに住んだことから、沖縄では彼らを「久米36姓」と呼ぶ。「36姓」は多くの姓をもつ閩人が移住したことを意味する。

習氏が共産党機関紙を通じて沖縄に言及するのは極めて異例なことだ。台湾問題をめぐり日中関係が悪化している現状を踏まえれば、琉球言及は中国の対日関係に関するサインであるのは間違いない。玉城知事は6月8日の記者会見で、「今後の交流発展に意欲を示されたものと受け止めている」と答えた。訪中歓迎のサインと読み解くのは、無邪気にすぎる「我田引水」的な解釈ではないか、と岡田氏は言う。同感だ。(山崎義雄 R6・2・6)

 

 

 

 

ババン時評 中国は必ず尖閣を盗りにくる

中国は近年、力による現状変更を東・南シナ海で繰り返し試みている。東シナ海上空では、一方的に設定した「防空識別圏」(ADIZ)の実効的な運用を重視しているとみられ、日米との軍事的緊張がさらに高まりそうだ。そのような折りに、読売新聞社は昨年12月下旬、東シナ海上空に本社機を4日間で計6回飛ばし、中国軍艦を広範囲にわたって探した。その結果、中国ADIZの境界近くで中国軍艦の姿をカメラに収めた。その近くで海上自衛隊の新型護衛艦「みくま」が、艦載ヘリを着艦させる様子も捉えた。自衛隊艦には、中国の一方的な主張に対抗し、自由を守る意思を明確にする狙いがあったようだと見る。

中国は1992年、尖閣諸島を中国領と明記した領海法を制定したが、自国の領海だとする顕著な動きはなかった。しかし、2008年に中国は尖閣諸島周辺の日本領海に公船を派遣し始め、現状変更を試みるようになった。近年では、尖閣沖の接続水域に中国海軍艦が入る例もあった。南シナ海でも、中国は領海について独自の主張を展開している。小さな変化を長期間重ね、既成事実化していく手法は「サラミスライス戦略」と呼ばれる。

国際法では「航行の自由」と同様に、公海における「上空飛行の自由」が原則だ。本社機は今回の飛行にあたって、中国が要求する手続きをおこなわずに中国のADIZ内に入った。中国側からの妨害行為はなかった。これは「みくま」のような日本側のけん制があるからだろう。読売新聞ルポは、日本政府は緊張感をもって、中国の現状変更の試みを容認しない姿勢を示し続け、米国や同志国と連携して抑止力・対抗力を一層強化する必要がある。飛行の自由が妨げられる事態は避けなければならないと提言している。

日本政府(内閣官房)は、このような声明を出している。『中国政府は、1992年に「中華人民共和国領海および接続水域法」を公布した際に、尖閣諸島は中国の領土に属すると一方的に制定し、さらに、2012年には声明を発表して、その中で魚釣島およびその付属島嶼領海基線を公布しました。また、2013年には一方的に東シナ海上空に「防空識別区」を設定し、尖閣諸島空域があたかも「中国の領空」であるかのように表示しました。2008(平成20)年以降は、継続的に中国政府の船舶が尖閣諸島周辺に派遣され、頻繁に領海侵入するなど、日本への挑発的行動を繰り返しています。これに対し、日本としては、日本の領土、領海、領空は断固として守り抜くとの決意の下、冷静かつ毅然とした対応を行うとともに、中国に対して厳重に抗議を行っています。』

なお、中国の「領海法」に関して言えば、中国は92年2月25日、全国人民代表大会全人代=国会)で尖閣諸島を中国の「領土」と明記し、領海侵入に対して「必要なあらゆる措置を取る」などと盛り込んだ領海法を制定した。この略奪国家・中国は、台湾侵攻の前に、あるいはほぼ同時に、名実ともに実効支配するために尖閣を盗りにくるものと考えるべきだ。(山崎義雄R6/2/3)

 

ババン時評 「AI」は「人知」を超えるか

あたかも人間が執筆したかような自然な文章であらゆる問題に答えてくれる「生成AI」(人工知能)の発展が目覚ましい。学習した大量のデーターを駆使して、利用者の要求する作文・論文などの代筆から画像などの作成・提供までこなす。その生成AIが近い将来、人間の能力を超えるとする論者の代表が、発明家にして思想家のレイ・カーツワイルであり、その主張が「シンギュラリティ=技術的特異点」理論である。

2045年にはその「技術的特異点」を迎えるとも言われ、そうなれば、例えば医学の発達で人間は死ななくなるなどとも言われる。それについては拙稿「ババン時評 AIで不老不死の時代に(2019・5・18)」や、「ババン時評 人間とは,生きるとは,必要な未来哲学(2019・5・15)」などで触れたことがある。そこで披歴した小生の感想は、AIは加速度的に進化する。医療の進歩、遺伝子の組み換えなどによって寿命はさらに伸びるだろう。もしもレイ・カーツワイルの言うAIのもたらすシンギュラリティー(技術的特異点)で死なない日がやってくる。不老長寿から不老不死の世界がやってきたら、本来人間が哲学してきた「生きる意味」さえ考えなくなってしまうだろう。

そして、人生と時間に限界がなければ、限られた時間の中で何かを達成したいという目的意識や生きる欲求が希薄になり、何事も急ぐ必要がなくなる。生きることも死ぬことも考える必要がなくなるのだから哲学も、死と向き合う宗教も必要なくなる。科学技術は、不老長寿の実現に向かって進歩するが、はたして“技術信奉”に過ぎて“精神世界”を持たない世界は幸せな世界なのだろうか、という疑問である。

また専門家の間にも技術的特異点理論への反論がある。ウイキペディアの紹介によれば、生命情報科学者・神経科学者の合原一幸編著『人工知能はこうして創られる』では、『脳を「デジタル情報処理システム」として捉える観点から見れば、シンギュラリティは起こり得るかもしれないが、しかし実際の脳はそのような単純なシステムではなく、デジタルアナログが融合した「ハイブリッド系」であることが、脳神経科学の観察結果で示されている。もちろん、人工知能が人間を超えることを期待すべきではないという学者もいるし、そもそもそうした人間対人工知能の戦争不安はメンタルヘルス上よくないので控えるべきである。神経膜では様々な「ノイズ」が存在し、このノイズ付きのアナログ量によって脳内のニューロンの「カオス」が生み出されているため、このような状況をデジタルで記述することは「極めて困難」と考えられている』としているという。「カオス」こそ“人間能”の特性である。デジタルの“機械能”が“人間能”を超えるのは、たやすいことではなさそうだ。(山崎義雄2024・2・2)

ババン時評 繰り返す幸せ「完全なる日々」

 映画、「PERFECT DAYS」(パーフェクト デイズ(2023年制作)を観た。これは日本ドイツ合作で制作された長編映画。日本側製作陣の意向で起用されたヴィム・ヴェンダース監督(独)が役所広司を主役に迎え、東京を舞台に清掃作業員の男が送る日々を描く。第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、役所が男優賞を受賞。

 映画画製作のきっかけは、渋谷区内17か所の公共トイレを刷新するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」。プロジェクトを主導した柳井康治ファーストリテイリング取締役)と、これに協力した高崎卓馬が、活動のPRを目的とした短編オムニバス映画を計画。その監督として日本贔屓のヴィム・ヴェンダースに白羽の矢が立てられた。

 あらすじは、東京スカイツリーが近い古びたアパートで独り暮らしをする、中年の寡黙な清掃作業員・平山(役所広司)は、一見、判で押したような日々を送っている。毎朝薄暗いうちに起き、台所で顔を洗い、ワゴン車を運転して仕事場へ向かう。行き先は渋谷区内にある公衆トイレ。それらを次々と回り、板についた動きで 隅々まで手際よく磨き上げてゆく。

 それでも、平山は日々の楽しみを数多く持っている。たとえば、移動中の車で聴く古いカセットテープ。パティ・スミスルー・リードなどどれも少し前の洋楽だ。ヴェンダース監督が平山の役所広司を思いながら厳選した楽曲だ。休憩時に神社の境内の隅に座ってささやかな昼食をとるときは、境内の樹々を見上げる。その木洩れ日をみて笑みをうかべ、一時代前の小型フィルムカメラを取り出してモノクロ写真を撮る。街の人々は平山をまったく無視して忙しく行き交っているが、ときおり不思議なホームレス風の老人(田中泯)が、平山と目が合うこともある。

 仕事が終わると近くの銭湯で身体を洗ったあと、浅草地下商店街の定食屋で安い食事をすませる。休日には行きつけの小さな居酒屋で、客にせがまれて歌う女将(石川さゆり)の声に耳を傾けることもある。家に帰ると、四畳半の部屋で眠くなるまで本を読む。フォークナー野生の棕櫚』、幸田文『木』 、等々…。眠りに落ちた平山の脳裏には、その日に目にした映像の断片がゆらぐ。樹々の枝から漏れる陽光・街を行き交う人々・木々や木漏れ日の精のように踊るあの老人の姿。

 ある日、平山の若い姪・ニコ(中野有紗)がアパートへ押しかけてくる。平山の妹(麻生祐未)の娘で、家出してきたという。ニコは平山を説き伏せて仕事場へついてゆく。公衆トイレを一心に清掃してゆく平山の姿にニコは言葉を失うが、休憩時、公園のベンチで木洩れ日を見上げて目を細め、小さなカメラを向けてシャッターを切る平山の姿を見て、ニコにも笑顔が戻ってくる。映画のキャッチコピー「こんなふうに生きていけたなら」。映画を見終わってそんな日々を繰り返す幸せに100%同感させられた。(山崎義雄 2024・2・1)

ババン時評 医療過誤訴訟の厚い壁

はからずもある医療過誤訴訟に、支援する立場で深く関わる体験をした。その印象を一言で言えば世に言われていることではあるが、患者側にとって大病院の医療過誤を立証することがいかに難しいかということである。地裁から高裁へと2度の判決を得て、医療過誤訴訟の厚い壁をつくづくと思い知らされた。そのことをいずれ世のために書きたいと思うのだが、今回は、結審後に原告の1人、主力として裁判を戦った患者の夫が原告側代理人の弁護士に送ったメールの挨拶文をそのまま紹介する。

なお本件は、5度にわたって子宮頸癌の再発を繰り返してきた主婦(昭和48年生)が、本事案の手術を受けた結果、術中の直腸損傷から大量出血を招き、人工肛門造設に至ったものである。また、判決は2審ともに勝訴ではあったが賠償額はあまりにも少なく弁護士費用を賄うほどにも至らなかった。ここでは施術と裁判経過には触れず、固有名詞も伏せた形で原告の心情を紹介する。

○○法律事務所 弁護士 ○○先生 ○○先生 いつも大変お世話になっております。○子の退院準備と在宅医療等などに忙殺されお返事が遅くなり大変申し訳ありませんでした。役所の介護認定調査員の面談も終わり要介護5の認定を受けました。要介護5とは「介助無しに日常生活を送ることが出来ない、基本的に寝たきり状態」という一番重い認定を頂きました。 

決して喜べる結果では有りませんが医療機器や介護士の支援を一番受けられる認定なので甘んじて受け入れようと思っています。そして訪問医療と看護師、薬剤師が頻繁に訪れる環境になるので本人もストレスは有ると思いますが私的には安心でもあります。しかし○○病院とは縁が切れたわけでは無く定期的に外来診療は受ける予定です。

 裁判の結論については本当に辛く悔しい結果に終わりましたが、これ以上勝ち目が無いのも法律の素人でも理解出来ましたので、ここで立ち止まらず○子や家族一丸となって少しでも希望が持てる生活を模索していこうと覚悟を決めております。 

○○先生の「力及ばず大変心苦しい」とのコメントがございましたが、私から言わせて頂ければ、とんでもございません。5年にも渡る裁判で巨大な敵と一緒に戦って頂き感謝しかございません。また協力医の○○先生に於かれましても、忖度することなく全てご理解、分析された意見書の内容を今でも読み返すと涙が出るくらい有難いご判断に感謝しております。

最後までブラックボックスだった部分を明らかにすることが出来たなら○○医大を揺るがすほどの事件になったであろうと思い悔しい思いではあります。しかし先生がたには本当にご尽力頂きありがとうございました。 報酬金についても承知いたしました。(以下、事務手続きにつき2行削除)。○子 また私の人生や会社などでトラブルがありましたら、お力をお借りする事もあるかもしれません。その時はご相談させて頂きますので今後とも宜しくお願いいたします。 原告名○○。

以上が原告側の心情吐露である。抑制的ではあるが裁判の実態と患者側の無念な気持ちがよく伝わるので本人の了解を得て紹介することにした。(2023・10・25 山崎義雄)