ババン時評 古すぎる?国歌「君が代」

NHKテレビの「鶴瓶の家族に乾杯」で、鶴瓶が2人の女子中学生と話していた。2人は卒業式で、「仰げば尊し」ではなく何とかいう旅立ちの歌を歌ったという。鶴瓶がしわがれ声で「仰げば尊し我が師の恩―」と歌って聞かせる。そして鶴瓶が、わが師の恩の「わが師」とは何かと聞く。中学生は「お菓子」と答える。「我が師」を「和菓子」と聞いたらしい。

仰げば尊し」は、明治17年に発表された唱歌で、今でも中高年には懐かしい愛唱歌である。もう一つ中高年の愛唱歌(と言っては失礼か)に「君が代」がある。前者が師を仰げば、後者は君を仰ぐ。君が代の初出は「古今和歌集」だというから古い。

歴史を遡れば、わが国が律令制度を採り入れた時、朝廷は軍事権を武家に任せて手放した。頼山陽は『日本外史』でそれを嘆き、「未だかつて王家のみずからその権を失えるを嘆かずんばあらず」と言った。そして明治維新で幕府から朝廷への「大政奉還」が行なわれ、大元帥として国軍を統帥する明治天皇が誕生し、太平洋戦争に向かう。

しかし現実の天皇は、明治維新から今日に至るまで、軍事力はおろか政治力とも無縁であった。明治天皇がやむなく政治・軍事に関わったのは、2・26事件で軍部が立ち往生した時と、終戦時の御前会議で結論が出ずに聖断を仰がれた時の2回だけである。

天皇には、権威はあるが権力はない。その権威も物々しい権威ではなく、イメージ的に言えば「尊崇」ないしは、さらに柔らかな「敬愛」「尊敬」にすら近い。この点が、権威と権力を駆使して興亡・生滅を繰り返してきた外国皇室と日本の皇室との大きな違いだ。

天皇家神道だが、神道には聖典がない。新約・旧約・イスラムなど未だに教義でもめるキリスト教系の宗教とは大違いで、ひたすら民安かれ国安かれと祈るのが神道だ。「君が代」とは「天皇個人の世」ではなく「天皇を戴く日本」であり、その永遠の平和を「千代に八千代にさざれ石の」と願うのだ。

寄ってたかってあらゆる権威をダメにして仰ぐべきものを喪失した時代だが、それだからこそ次代を託す若者たちに「わが師の恩」や「君が代」の精神や伝統文化を率直に伝えていくべきではないだろうか。(2020・3・14 山崎義雄)