ババン時評 偉い人の言うことは聞け

 

いよいよ今年から、中学校で道徳の時間が始まる。たまたま、現下の諸問題に、「はっきり言わせていただきます」(前川喜平×谷口真由美著 集英社刊)という本が出た。前川氏は2年前、加計学園問題に関する「総理のご意向文書」の存在を記者会見で認め、「出会い系バー」通いで名を挙げた?元文科次官だ。

同書では、「教育が直面している厳しい現実」(第3章)について熱く語っているのは当然だが、一家言あるはずの道徳教育については、『「道徳」が本当に危ない!』と言いながらあまり深掘りしていない。わずかに、安倍首相の祖父 岸信介内閣が小学校教育に「道徳の時間」をつくり、第二次安倍内閣が「道徳教科書」を作った経緯を語り、具体例では、教科書から「星野君の二塁打」という話を引用して語っている。それは、監督のサインは送りバントだったのに、とっさの判断で星野少年がバットを振り、二塁打にして決勝点を上げたものの、ルール無視はいけないと諭された話を引用し、その怖さを指摘する。

話は飛ぶが、「文芸思潮」(アジア文化社、2018秋号)に、前川氏の「政治と教育のはざまで」と題する講演記録が載っている。ここでは「星野君の二塁打」について、もっと熱く語り、「道徳」の中身を憂いている。今バッターボックスに立っている星野君の緊張、コーチのバント・サイン、一塁の俊足 岩田君、コースに来た絶好球、などについて実況中継風の語り口で試合内容を紹介する。結局、星野君の一打で試合に勝って上の大会への出場権を得たものの、試合の後のミーティングで、勝つことよりもルールを守ることが大事だと諭され、星野君は次の試合への出場停止となる。

前川氏は、実際の道徳の時間では、あなたが星野君ならどうする、あなたが監督ならどうすると、みんなで話し合う必要性を指摘する。文科省の立場は、特定の価値観を刷り込むことをせず、子どもたちが「考え、議論する道徳」の実践を勧めているのだという。さらに、「星野君の二塁打」の話は「ルールは守れ」「偉い人の言うことは聞け」「自分で判断して動くな」という教えを子供たちに刷り込むものだと総括する。その前川氏は、省内の秘匿「ルールを守らず」、安倍首相ら「偉い人の言うことを聞かず」、信念に従って「自分の判断で動いた」ことで失脚した。これを皮肉と言っては失礼で、おのれの良心に従って決断した前川氏は偉かったというべきではないか。(2019・2・8 山崎義雄)