ババン時評 「ハンコ」がお辞儀する?

『ハンコで「おじぎ」増殖中!?』―読売新聞(1・9)にあったビジネスマナーに関する記事のタイトルである。実例を示す図を見て、笑ってしまった。なるほど、社内書類の押印欄で、役職がさがるにつれて上司に頭を傾けてお辞儀するようにハンコが並んでいるのだ。

つまり、書類の回覧印を押す欄に、社長、常務、部長、課長、係長の欄があり、直立の社長印に、次の常務印がちょっと頭を傾け、次いで部長、課長、係長と少しずつ角度をつけて頭を傾けている。それぞれの傾き加減も絶妙にバランスが取れているが、ハンコの顔も少しずつ小さくなっていて神妙だ。金融業界などでは古くから慣習となっているのだという。

脱ハンコどころか「電子印鑑」でも「おじぎ印」が流行り出しているという。シヤチハタ名古屋市)の企業向け電子印鑑サービス「シヤチハタクラウド」では、新たにオンライン上で押印する際、印鑑の角度を1度単位で回転させられる「おじぎ印」の機能があるとか。

ハンコではないが「ビデオ会議には上座・下座機能」もあるという。左右では左手、上下では上部が上座、当然右手と下部が下座だ。具体例のテレビ画面では、上座に社長の顔が上下2段通しでデンと居座り、その横の上段に常務と部長、下段に課長と係長が神妙に並んでいる。

話は飛ぶが、若いころの私はよく上司にタテをついた。ある時、係長か課長補佐だった上司に仕事上の文句をつけた。大分言い争ったところで、興奮した上司が、「お前ナ、そんな勝手なことを言っているが、ここにハンコをつけるか」といって、手に持っていたハンコで、目の前の書類の捺印欄を指したことがある。妙に気が抜けて論戦をやめた。

ついでに言えば、昭和37年当時のある専門誌に、大手企業の例などを引いて「稟議制度廃止の動き」について書いたことがある。今、菅内閣の河野行革相が約1万5000という行政書類でハンコを追放しようという時に、民間ではこの「おじぎ印」が増殖中というのが面白い? 

ともあれこう見てくると、ことの良し悪しは別にして日本的組織のDNAは牢固として生き続け、とりわけ民間企業においては、ハンコも上下関係もしぶとく生き残っているということになりそうだ。(2021・1・20 山崎義雄)