ババン時評 勝つことより負けないこと

太平洋戦争時に、知将・井上成美中将が提唱した「新軍備計画案」は、海軍主流派の大艦巨砲主義、艦隊決戦理論を批判した上での、新しい空軍、機動部隊中心の海軍再建案だったが、上層部に握りつぶされた(永井揚之助著『歴史と戦略』中公文庫)。井上は計画案で、「米国ニ敗レザル事ハ軍備ノ形態次第ニ依リ可能」だが、「米国ヲ破リ、彼ヲ屈服スル事ハ不可能ナリ」と喝破した。

つまり「勝つこと」と「負けないこと」は別だということで、今のウクライナがそれだ。戦後の朝鮮戦争ベトナム戦争アフガニスタンなどもパワーの弱い側が勝てないまでも負けない事例が増えていることでもわかる。ゲリラ側は負けなければ勝ちだが、外征軍たる大国は、勝たなければ負けだ。これを著者は、「非対称紛争理論」と名付ける。

ウクライナ戦争が長引いて勝敗の決着がつかないのはプーチンの誤算で、誤算の最初はプーチンがゼレンスキー大統領のウクライナをナメてかかったからである。やってみたら4カ月過ぎても勝敗の決着がつかないのは、米国、NATO、日本などがこれだけ本気でウクライナ支援を展開するとは、プ大統領がユメにも思わなかったからである。

このままではロシアの完勝もウクライナの完敗もない。とすれば、朝鮮戦争のような「休戦協定」で一時停戦に持ち込む以外にない。なにしろ、このウクライナ戦争は「非対称戦争」(先の「歴史と戦略」の「非対称紛争」を拝借した用語)なのである。さらに展開して戦略レベルで言えば、ロシアは「能動的征圧戦略」であり、ウクライナは「受動的防衛戦略」である。

さらに、戦術レベルで言えば、ロシアの場合は相手の領土内における「侵略戦術」であり、ウクライナにとっては自国内における「防戦戦術」である。ロシア本土を攻めないウクライナがロシアに勝利することはあり得ない。ロシアというよりプ大統領が敗北し、ウクライナが勝利するのはクーデターなどで、ロシア自身が内部の自浄作用で自壊するケース以外にない。

先のNATO首脳会談で、NATOの中長期的な行動指針となる「戦略概念」で、これまで「戦略的パートナー」としていたロシアの位置づけを一転させ、「最も重大で直接的な脅威」と明記した。さらに、軍事力で領土拡大を図るロシアへの対応として、有事の際に出動する即応部隊を現在の4万人規模から30万人以上に増員する方針を打ち出した。ロシアに対する強力なメッセージだ。

さらに自由主義陣営は一歩踏み込んで、例えばロシアが化学兵器核兵器を使ったら、自由主義陣営はロシアに対して、どういう報復措置を取るかなど、具体的な対応策と決意を示すべきではないか。それは、日本を囲む中国・北朝鮮に対しても強力な抑止効果を発揮することになると思われる。そして日本は「勝つこと」より「負けないこと」を真剣に考えるべきだ。(2022・7・4 山崎義雄)