ババン時評 再び迎えるか「鬼胎の時代」

プーチンは軽く盗る気で始めけり」「プーチンの誤算独善アホめけり」―これは私が家元(弟子ナシ)の「めけり川柳」の駄句2首である。軽口はさておき、重い一句に、私の高校時代の恩師・藤田貞雄先生の一句、「長崎忌笑みたる被爆マリア像」がある。今まさにウクライナの事態はプーチンによる生物兵器核兵器使用まで取りざたされる危険水域に差しかかっている。

恩師は3年前のこの4月に89歳で亡くなられた。亡くなるひと月前にいただいた恩師の手紙に、『司馬遼太郎の「鬼胎の時代」に育った私共は損をした感じです。(中略)いずれにせよ、戦争は嫌です』とあった。司馬は、日露戦争から太平洋戦争の敗戦までの時代は、この国の形に添わない非連続の時代だったとして、間違いではらんだ鬼胎のような時代だったと言った。

恩師は、熱血漢で兄貴分的な青年教師だったが、高校長で定年を迎え、岩手俳壇の重鎮として活躍した俳人だった。真直ぐな戦争反対論者で、恩師譲りの平和主義から中年以降に憲法改正論に変心した私だったが、最後まで恩師の意見には逆らわずにその平和論を聞いた。司馬の指摘は恩師をはじめ「損をした世代」の自戒でもあろう。

恩師の一句で思い出すのは、理論社創業者の故 小宮山量平氏にいただいた一句である。小宮山氏には自伝小説「千曲川」4部作がある。これは、急旋回した時代と戦争の本質を問い続け、80歳を超えて世に出したもの。執筆の動機について氏は、『あの(戦場の)地獄絵図を塗り込めるために無尽蔵の素材(マチエール)として動員された「青春」そのものを描くこと』にあったと言う。

私は『千曲川』への書評ならぬ感想文(エッセイ)を書いたことがある。そのエッセイを読んだ知人の、旧軍人で「軍事原論」の大著を持つ故 成ケ澤宏之進氏が小宮山氏に拙文のコピーを送ってくださり、小宮山氏より丁重な文面のお葉書をいただいた。2002年11月のことだった。お便りでは、親しかったという作家 五味川順平との思い出などにも触れており、五味川と思いは同じだとして、文末に「勇気こそ地の塩なれや梅真白」の一句が添えられていた。

小宮山氏は戦前からの反戦思想家だが、氏の言う勇気とは何か。たぶんそれは、戦場に散った若者たちへの哀悼を込めた感慨であり、戦う勇気を超えて命を守る勇気、戦いを阻止する勇気であろう。そうであるならば今、眼前に展開するウクライナ戦争におけるゼレンスキー ウクライナ大統領のそれが真の勇気であり得ても、プーチン ロシア大統領の狂気に満ちた勇気ではあり得ない。

ウクライナ戦争は対岸の火事ではない。ロシア・中国VS日本の危機を十分に予知させる。今度は自らの過ちではなくプーチンら!独裁者の横暴によって再びわが国が鬼っ子(の時代)をはらませられる恐れがある。そんなことがあってはならないだろう。(2022・4・4 山崎義雄)