ババン時評 李登輝総統逝去に思う

日本びいきで知られた台湾の李登輝元総統が逝去した。安倍首相は「自由と民主主義、人権そして普遍的な価値を築かれた」と哀悼のメッセージを発した。だが李登輝氏の葬儀には台湾との国交がないという理由で国や政府を代表する使者の弔問は行わないらしい。李氏と親交があったということで友人レベルで森喜朗元総理の派遣を考えているという。

しかし、初代の蒋介石総統が逝去された折には、弔問に実質的な政府代表を送っている。1975年に蒋総統が逝去。時の首相・三木武夫は、佐藤栄作元首相に日本政府の代表として葬儀に参列するよう依頼した。佐藤はこれを受けたが、日中関係に影響しないようにと、党総務会の決議で訪台する形をとり、三木首相の名前を出さないように配慮したという。

佐藤は蒋氏の葬儀に参列し、2代目を継ぐ息子の蒋経国氏に面会した折には「戦後蒋総統の一言で皇室が安泰となり、わが国も共同占領されないで今日の繁栄がある。総統閣下のお陰である。現在、国交のないことが残念である」と感謝を述べている。(村井良太著『佐藤栄作』)

蒋氏は、終戦の1945年8月15日、中国国内向けのラジオ放送を行い、天皇制の保持、日本分割への反対、日本兵の非敵対的な取り扱いを説き、「既往をとがめず徳をもって暴にむくいる」といういわゆる「以徳報恩」の姿勢を表明した。(前著が引く『日台関係史』)

李登輝氏の大きな業績に、中国への“属国”意識を排除して台湾の「本土化」政策を推進したことがある。しかし台湾は未だに中国からの軍事的・外交的な脅しに対抗する有効な手段を持っていない。だが今、中国の“猛威”を前にして、米国をはじめアジアや世界が地政学的な台湾の重要性を再認識し始めている。米国では「台湾防衛法」が検討されているという。

前述の、佐藤と台湾・蒋経国氏の対話の折りに、佐藤は日本、韓国、台湾の結びつきを固めて後ろに米国が控えることで、「亜細亜の民主主義国の強化をはかる」べきだと話したという(前著が引く『佐藤栄作日記』)。45年前に佐藤が指摘したアジアの連携強化は、現在いよいよその重要性を増している。にもかかわらず中国に気兼ねして日台の連携強化に逡巡するのはいかがなものか。日本も台湾政策を見直すべき時ではないか。(2020・8・5 山崎義雄)