ババン時評 安部・トランプの“呼吸”

心ならずも政権の座を下りることになった安倍首相だが、内政外交両面で大きな業績を残した。世界の外交舞台においても安倍首相の存在感は相当なもので、その重みは戦後日本の歴代首相の中でも図抜けているといえるのではないか。癖の強いトランプ大統領と密接な連携を保ったのも安倍首相のぶれない立ち位置と絶妙なバランス感覚によるものだろう。

一方、トランプの評価はあまり芳しくない。報道によると米国の国際政治学者・ジョセフ・ナイは、トランプ外交を厳しく非難している。すなわち、トランプの「米国例外主義」は、米国の自由な社会的価値観、政治的、経済的、文化的自由の理念から逸脱しているというのだ。

さらにトランプ大統領は、国際法の体系と国際機関を通じて外部からの脅威を軽減し、自由を守ろうとする取り組みに背を向けてきたというのである。要するに「アメリカ・ファースト」のトランプは国際社会に背を向けて、国際紛争に介入することも協調することも拒否しているというわけだ。

そんなトランプ批判に比べて、80カ国を歴訪した安倍首相の独自外交は世界の注目を集めた。たとえば、安倍首相は2019年6月にイランを訪問した。そしてロウハニ大統領や会うことの難しいハメネイ師とも会談し、12月にはロウハニ大統領が来日した。対中国に関しても、「一帯一路に協力する」と表明したり、香港弾圧が世界の非難を浴びている中で習近平という独裁者を国賓で招こうとして物議をかもしたりした。こうした動きはトランプ大統領の神経を逆なでしなかったのだろうか。

そのあたりについて1つの説明をしているのが宮崎正弘 渡辺惣樹『戦後支配の正体』(ビジネス社)だ。つまりトランプ大統領と対立する国との安倍首相の独自外交?を許している裏には、逃げ道のない全面対決を避けるために日本を窓口として開けておこうというトランプの意向があるのではないかという推測である。だとしたらトランプの外交感覚は並みのものではない、ということになるのだがー。

そうした推測の上で同書は、安部外交は日本の外交史上における一つの転換点を実践していると評価している。安倍首相とトランプ大統領による外交裏面史はいずれ歴史的に明らかになるだろうが、個々の外交案件に対する両者の関係は、阿吽の呼吸だったのか明らかな意思疎通があったのかは別にしても、絶妙なパートナーシップがあったということだけは言えそうだ。日米の新トップが(トランプ再選の場合も含めて)こううまくいくかどうかは予断を許さない。(2020・9・11 山崎義雄)