ババン時評 本当か「人は話し方が9割」

話に自信があるという人はそう多くはいないだろう。多少の自信がある人でも話の仕方で苦労するのが当たり前で、大方は話下手で苦労する人の方が多いはずだ。暮れの某日、新聞の見開き2面にわたって「話し方」のノウハウを伝授する新刊本3冊の広告が並んで載っていた。

まず、長松茂久著『人は話し方が9割』(すばる舎)。隣に伊藤羊一著『 1 分で話せ』と齋藤孝著『大人の語彙力ノート』(BSクリエイティブ刊)。3冊目の「語彙力」は、「知的な言葉使いがどんどん身につく」と唱っているからいちおう“話し方本”といえるだろう。

こういう話し方に関する“ハウツー本”がコンスタントに売れるということは、話下手を自覚する人が多いことの証左であろう。かく言う私も話下手で、どちらかといえば話すより書く方が好きだ。と言いながら、それらの新刊本はいずれも読んでいないので内容は知らない。

それなのに気になったのは、特に『人は話し方が9割』という本のタイトルである。まさか9割が「話し方」で、残りの1割は話す「内容」だなどと言うのではないだろう、と思ったが、話す力は「スキル」よりも「メンタル」-という宣伝文句があるから、スキル軽視、ひいては論理軽視の“疑い”はぬぐえない。

率直に言えばこの“9割”タイトルはいかにも日本的で気分的であるだけでなく、“態度”も独断的だ。こういうタイトルを著者が付けるとは思えない。おそらく売らんがために版元が付けたものであろう。その効果か、同書は「2020年の年間ランキング第1位だという。

話すということは口から言葉を紡ぎ出すことだが、紡ぎ出す言葉をまとめる前に確かな思いや考えがなければならない。ロクな思いや考えがなければ最後に口から紡ぎ出す言葉も怪しいものになり、人に聞いてもらえる話にはならないだろう。

そうだとすれば、理屈も含めてスキルは1割、メンタル9割で話せというのは、いかがなものかということになる。言葉を操る術を習得するだけでは言葉が軽くなる。いま、多くの政治家が情けない失言を繰り返すのは、確かな考えがなく、理屈に合わない行きあたりばったりの発言をするからだ。

ついでに言えば?政治家には毅然とした精神・態度が必要だ。雄弁な政治家の代表格である安倍元首相の“桜受難”に接して、「信なくば立たず」-そういう政治理念と実践に裏づけられた政治家の言葉でなければ民は得心しないのだと改めて思う。(2021・1・3 山崎義雄)