ババン時評 中国で真実は「もう言えん」

先ごろ、NHKテレビの「マイケル・サンデルの白熱教室」で、日米中の若者のうち、中国のエリート青年が、中国の国民は自由主義の国と違って国を信頼している。政府の決定も早いし成果もすぐ出ると熱弁を振るっていた。おそらくこの中国青年には、国を代表して発言しているという意識があり、自分の後ろに習近平共産党の目があることも意識しているのだろう。

日本財団による若者の意識調査でも明らかなように、なぜか中国の若者の国家に対する信頼感はアジアや欧米先進国に比べても断トツに高い。逆に日本は最下位だ。そして自国が「さらに良くなる」と信じる中国の若者は世界のトップで、最下位は日本だ。注目すべきは、自国の望ましい将来像の選択肢から「平和な国」をトップに挙げるのは日本の若者で、中国では最下位に挙げる。

その中国の若者が信頼する決定の速い習近平政権が今、経済や社会のあらゆる分野で指導・規制を強めている。いま自由主義諸国が本気で頭を痛めはじめた巨大化するIT資本の規制でも、習政権はすでにアリババ規制のように容赦のない情報技術(IT)企業への規制を行っている。そして規制の対象分野は、いよいよ全体主義とは無縁の本来自由であるべき芸術分野にまで広がっている。

国家主席は、昨年暮れに開かれた中国文学芸術界連合会と中国作家協会の大会に出席して、「文芸従事者は文化的自覚を高め、文化的自信を揺るぎないものにし、強い歴史主導精神を持ち、社会主義文化強国の建設に積極的に身を投じ、人民と社会主義に奉仕するという方向性を堅持」すべきだと談話を発表した、と人民網日本語版が伝えている。

こうして習政権は今、芸術は党への忠誠心に基づくべきであるとして指導を強めており、統制は文学界にまで及んでいる。典型例は、中国でただ一人ノーベル賞を2012年に受賞した作家・莫言(モー・イエン、66)氏が標的にされている。ネット社会では、莫氏を中国の恥部を描く売国奴などと非難する声が強まり、中国作家協会副主席を務める莫氏に対して文学界までよそよそしくなっている。

その端的な例が、昨年6月に、共産党創建100年に合わせて、中国作家協会幹部が発表した、過去100年の中国文学者と文学の論稿に、莫氏に対する言及が一言もなかったことで、莫氏は文学者として「黙殺された」と世界の話題になった。習政権は文学にまで国や政治への礼賛を強要するのだ。ブラックユーモアになるが、莫言氏は、中国で真実は「もう言えん」と沈黙するのだろうか。

上述の、中国の若者の高揚感のある全体主義的な意識の生成には、習政権による指導、教育、洗脳の効果があろう。日本の若者には平和惚けした無関心や「おっとり感」がある。しかし中国の若者にも虚無的な「寝そべり族」のまん延がある。「経済格差」のみならず、芸術・文学統制まで強めて全体主義虚無主義の「精神格差」を広げる中国はどこに向かうのか。(2022・1・24 山崎義雄)