ババン時評 ウクライナ侵攻をどうみるか

表題に借りた「ウクライナ侵攻をどうみるか」は、フランスの地政学者・ピエール・コネサ氏(73)の新聞論考(読売新聞 7・31)の見出しである。読んだ人も多いだろうが、この論稿は、特に、ソ連崩壊後における世界情勢の変遷を明快に論じていて説得力がある。ただし、論稿の最後に提言するウクライナ危機の拡大をどう回避すべきかについての提言は、氏の冷徹な歴史眼がやや甘くなっているのではないか、実現性において論議を呼ぶのではないだろうか、などといった疑問がわいてくる。

まず氏は、ウクライナ危機の起点は1991年のソ連崩壊だとする。ソ連時代の「行政区画」は国境に変わり15の国が独立した。多民族国家ソ連においてはロシア人が支配者だったが、崩壊後は、ロシア以外の14カ国におけるロシア人は民族的少数派になり、支配される側に回ることになった。それがウクライナであり、プーチン氏が、ロシアに接するウクライナ東部ドンバス地方の「ロシア人」の開放を掲げて侵攻を始めたきっかけだというのである。この説明で旧ソ連邦の地政が鮮明になる。

米国はウクライナ危機を巡り民主主義と権威主義の相克の構図を描いているが、インド、インドネシア南アフリカ、チリなど多くの民主国家は対露制裁に加わらず、距離を置いている。今回のウクライナ危機が浮き彫りにしたのは、かつての湾岸戦争で米欧に追随したような「国際社会」が消え、今や米欧日の「西側」は「国際社会」の広がりを持たなくなっていることだという。要するに21世紀に入り、米国は中国の台頭やロシアの復活を前に、総体的に威力を落としているのである。そして、単純な「民主主義と権威主義の相克の構図」はもはや通用しない時代だということだろう。

さらに氏は、今の世界を米中二極構造ではなく、多極構造と見る。実際、欧州などで地域主義諸国が力をつけてきている。そこで氏は、「空論に聞こえるかもしれないが」と前置きして、「危機は戦争に至る前に地域の諸国が連携して解決すべきである。ウクライナ侵略戦争は起きてしまった。欧州は危機の拡大を避けるためにも、地域大国ロシアを包摂し、その主張に耳を傾けて、和平を目指すべきだ。それ以外に道はないと私は考える」と提言する。

地域諸国とはNATO諸国であり、ベラルーシや紛争当事者のウクライナなど旧ソ連の属国や、中立国のスイス、スウェーデンなどであろうが、それらの国々が「ソ連包摂」を目指して一致できるだろうか。それらの国々が、ロシアを抱え込んで「その主張に耳を傾ける」ことができるだろうか。そしてプーチンの主張に理解を示すことができるのだろうか。

今その方向で努力している国にトルコがあるが、トルコにはNATOに身を置きながらそこに収まらず自国の利を考えているフシがあり、ピエール・コネサ氏の理想とは異質な意図を抱えて動いているように見える。トルコ的な国が増えれば地域諸国の地政はますます複雑になるのではないか。限りなく疑問が浮かぶ。できればコネサ氏にはもう一歩踏み込んで疑問に答えていただき、説得力のあるウクライナ危機の拡大回避策を説いてもらいたいものである。(2022・8・22 山崎義雄)